進化生物学者Theodosius Dobzhansky の言葉に、「進化の文脈の中でなければ生物学は意味 をなさない」というものがある。植物の免疫システムは環境中の微生物と共進化してき た。私たちは、植物の免疫の観点から植物がどのように進化してきたのかを、特にトランス クリプトームの進化や、植物の防御ホルモンの生合成とシグナル伝達の進化に焦点を当て て研究している。
感染に成功する植物病原体は、エフェクターと呼ばれる病原性タンパク質の分泌により、植 物の免疫応答を抑制したり、回避したりする。これらはアポプラスト領域に局在したり、植 物細胞内に移行して多様な細胞内のコンパートメントを標的とすることもある。エフェク ターは様々な機構で機能する。病原体表面を改変し、植物防御分子を不活性化し、宿主の生 理または代謝を再プログラムして病原性を促進する。さらにいくつかの植物病原体は、ホル モンの類似物質を生成して植物ホルモンのシグナル伝達経路を妨害する。本研究室では、真 菌病原体Ustilago maydis と細菌病原体Pseudomonas syringae pv. tomato の分泌性のエフェ クタータンパク質の特性を検証することで戦略を解明することを目的としている。
植物は、微生物の病原体を制御する免疫システムを進化させただけでなく、植物の健康 を促進する植物マイクロバイオータの構造と機能も制御している。私たちは、植物と植物マ イクロバイオータの相互作用を研究している。重要な課題は、植物はどのようにして植物マ イクロバイオータの機能を制御しているのか、植物はどのように異なるマイクロバイオー タのメンバーを区別しているのか、植物にとって有益な相互作用となるための植物と細菌 の遺伝的決定因子は何か、などが含まれる。上記の疑問に答えるために、A. thaliana とZ. mays から分離された合成細菌群を用いている。特に本学が保有するZ. mays の豊富な遺伝 資源を活用している。
植物は微生物の病原体と戦うために免疫システムを進化させてきた。私たちは、植物免 疫が植物病原体と闘うメカニズムを、サリチル酸、ジャスモン酸、エチレンなどの植物ホル モンとMAP キナーゼに着目して研究している。さらに最近では、植物シロイヌナズナと細 菌性病原体Pseudomonas syringae との相互作用時のトランスクリプトームとプロテオーム を調べ、翻訳や鉄の獲得などの細菌代謝や細菌の病原性に植物免疫がどのように影響を与 え、病原体の増殖を制御しているかを明らかにしてきた。これらは、今後検証するべき多く の仮説を生み出した。
植物は侵入してくる細菌の増殖を抑制するが、その機構は不明である。さらに、このような 防御は植物の成长を犠牲にして行われることが多い。我々は、進化的に保存された植物タン パク質が、病原性に重要な高度に保存された細菌のタンパク質を切断し、それによって細菌 の増殖を直接抑制する「分子ハサミ」として機能することを発見した。この分子ハサミの発 現を人為的に高めることで植物の抵抗性は向上したが、植物の生育遅延に関わる免疫活性 化は引き起こされなかった。このように、我々の発は、植物の収量を低下させることなく 病原体への抵抗性を高めるアプローチの可能性を示唆している。
植物は局所的な病原体の感染に応答して、感染場所からはなれた葉でも病害抵抗性を高め ることができる。これが全身獲得抵抗性(systemic acquired resistance、SAR)とよばれる 現象であり、私たちはこの分子機構を研究している。我々は、多様な微生物と微生物の代謝 物(SAR 関連化学物質を含む)が植物と関わり、SAR の状態に影響を与える自然の状態下 で、植物がどのようにSAR を発現するのかに興味を持っている。
物理的要因と生物学的要因に対するストレス応答のトレードオフは、一方のストレスに対 する応答を他方のストレスよりも優先させ、これによって個々のストレスに対する植物の 適応度を向上させると考えられている。しかしこれは、植物が自然界で頻繁に見られる、両 方のタイプのストレスに同時に遭遇するような状況下では、このクロストーク方式が有利 か、またどのように有利かを説明するものではない。本研究では、植物が複数のストレス環 境にどのように対処するかを研究している。
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